理 念

1 一人ひとりが主人公

人生の価値は万人平等だと思います。生きることの困難さと喜びはすべての人に共通ではないでしょうか。特別な「偉い人」も「ヒーロー」もいないと私は思っています。

「ふつうであること」「自然であること」はすばらしい。そのことに気づくと、自分の中から元気が湧いてきます。そう、一人ひとりが主人公。あらゆる市民にとって、ほんとうに住みよい長岡をつくっていくことが、2度の戦災や中越地震から復興を成し遂げ、未来への成長をめざす長岡市民の願いであると考えています。

2 世のため人のため

言い古された言葉ですが、これは、「米百俵」の精神や上杉謙信の「義」、そして良寛の「禅の心」を誇りとする長岡人のプライドではないでしょうか。これを失ったら、私は公的な役割(役職・ポスト)は即辞するべきだと思っています。
以下は、私の座右の銘「棺槨中かんかくちゅうの心」(棺桶の中の心)という河井継之助のことばです。

「人間というものは、棺桶の中に入れられて、上から蓋をされ、釘を打たれ、土の中に埋められてからの心でなければ、何の役にも立たぬ」

3 変  化

地球環境と人間社会に急激な変化が起きています。“気候変動”や“加速度的な技術進歩”にどう適応するか?──最大の試練です。
最新の技術を導入して、市民生活を向上させ、産業を発展させなくてはなりません。

折りも折、コロナ禍で産業・居住の地方分散化が始まっています。この流れをとらえ、産業の活性化と人口増を目指したいと思います。
変化はさらにスピードアップするでしょう。今までのやり方や仕組みにこだわらず、生活や仕事の中で、地域活動の中で、自ら変化し進化する長岡を目指しましょう。

4 イジメ社会に「さようなら」

新型コロナウイルスの感染者の家族が周りから非難を受け住み慣れた土地から出て行った、いった話を耳にします。「まったく、おみしゃんたちは…!」と嘆いた河井継之助の声が聞こえてきそうです。みなさんはどう思われますか?

でも、イジメて排除する人々を非難し、責めても始まらないのは何故でしょう? イジメる人もイジメられる人も、この同じ社会(イジメラレっ子はチャンスがあればイジメっ子になってしまう)の一員だからです。
「イジメ心理」は民衆支配の道具として利用されてきました。遠い封建時代に埋め込まれたムラ意識から目覚め一人ひとりが自分の考えで行動し、開かれた地域社会にしていく必要があります。意識のイノベーション(改革)です

市民力でつくる「地域共生社会」は、排除ではなく、多様性を受け入れる、開かれた地域づくりであることを強く願っています。

>人を育てよう、私たちは次の世代を耕しているのだ

人を育てよう、私たちは次の世代を耕しているのだ

“限りある地球である”と、現代人ならわかっています。消費することで巨大化する経済社会は地球生態系のルールに合っていないことも知りました。私たち長岡人のたましいは伝えてきています。ここで、行動変容するチャンスを逃すな! と。さあ、“焼け野原” になる前に──。

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